ジュリアン有生の「徒然なるページ」

5月1日 

第26回  カルザイ議長のお洋服

 

国内におけるチクリ合戦で、メディアの主役はすっかり国内の政治家に移り代わり、最近はテレビ等で取り上げられることが少なくなったアフガニスタン問題。たまに、見かける度、ジュリアンが気になったのは「カルザイ議長のお洋服」だ。

日本に来た時と同じ、グッチも誉めたというその出で立ちはジュリアンもとても素敵だと思う。またあのスキンヘッドが彼にも、服にもよく似合っていると思う。

グレイのお帽子に北部同盟から送られたというマントと着物を足して二で割ったような民族衣装の緑のマント。

この2点に関しては、いつも同じでも気にならないのだが、ジュリアンが気になるのは、彼のシャツである。グレイのたて襟のやつだ。そのシャツが気に入らないとか、センスが悪いとか言うのではなく、シャツまでがいつも同じものである点だ。

全く同じものが2点あり、とっかえひっかえ着まわしているとは思えない。

彼にとって、「正装」は、頭からつま先まで1点ずつなのだろう。

たとえ暫定とはいえ、一国の代表者なのに・・・と思うと胸が痛くなる。そのシャツを見る度ジュリアンは「あぁ、とりあえずはこの人でよかったのでは」と思ってしまう。シャツくらい2枚欲しいと言えばいくらアフガンと言えど一国の代表者なのだから手に入るはずだ。裏の事はわからないが、彼の主義と言うかやり方で、全て1枚ずつで通しているのだろう。いいように考えすぎかもしれないが、自分がもう1枚シャツを買うお金があるのなら、明日をも知れぬ子供たちのために、という考え方なのではないかとついつい色々想像してしまう。

 彼が日本で開かれたアフガニスタン復興支援会議の席で「・・・ ・・・本当は私も援助を受ける側ではなく、援助する立場で出席したかった・・・ ・・・」と言った言葉が今も胸を打つ。

 「親」を選んで生まれてこれないとよく言うが、「国」も選んでは生まれてこれない。

日本人は多忙だ。ついつい毎日時間に追われている内に視野が狭くなりがちだが、どこを歩いても地雷で足が吹っ飛ばされる事もなく、子供に靴が買ってやれない親はいないに等しいこの日本に生まれてこれた事を感謝する気持ちを忘れてはならないだろう。

 戦争はいけない!絶対にいけない!!今、国内では有事立法だかなんだかで色々揉めているがジュリアンの父は大正生まれで、第二次大戦で出兵した事がある。いつも金物の桶を被って持ち歩き頭部を守り、その桶は洗面器にも鍋にも変身するのだ。綺麗、汚い等一切言ってはいられない毎日。そんな戦争の現実を実際に体験している人や、ナマの声を聞いて育った大人が今はもうあまりいないのではないだろうか。

 小泉首相は、かっこいい。いつも素敵な出で立ちだ。いったいネクタイを何本持っておられるのだろうと思うほど、特にネクタイには拘っておられるように見受けられる。

 いついつまでも、そんな風に首相がかっこよくしていられるような国でありますよう、願ってやまない今日この頃のジュリアンなのです。

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